『鬼の子』一幕四場

しかし、甘い家族ごっこは長くは続かなかった。事件が起こったのは、村に訪れた大道芸人たちが、大盤振る舞いとして村の人々に麩菓子を配った日のことだった。
心根の優しい李春は表に出てこられない黍花と清洲のために芸人たちから余分に菓子を分けてもらった。

それが村長の末息子と取り巻きたちの目に留まってしまう。末息子たちは李春に難癖をつけ、菓子を寄越せと威張る。しかし李春は黍花と清洲に食べさせてやりたい一心で、おどおどと断った。前々から醜い巨男のことを気にくわないと思っていた末息子は、これを好機と李春のことをいじめたのである。

また頭の悪い割に勘ぐりだけは一丁前の末息子は、李家になにか隠し事があるのではと村長に言い付ける。村長も自分より人気のある李家の老夫婦のことを憎々しく思っていたので、同じ気持ちの村人たちを連れ、ずかと李家の敷地に踏み入ったのだ。そこでは運悪く黍花と清洲、李春たちが畑を耕していた。

人相書きのお尋ね者に気付いた村長たちは、目の色を変えて黍花たちを捕らえようとした。しかし、李春が村長たちをなぎ倒し、黍花らに老夫婦を連れて逃げろと言ったのだ。黍花が黙っていられるわけもない。これくらいならやっつけられる、と加勢をしようとしたのだが、当の李春が止めたのだ。

「大丈夫だ、オメたちのごどは、お、おでが、守る。だがら、黍花、オメは、じっちゃばっちゃのごど、守れ。」
李春はそのまま引っ捕らえられてしまった。黍花と清洲は山に走り、老夫婦に事の顛末を伝えた。老夫婦は、血相を変えたが、すぐに冷静になり、裏山に隠していた金を姉弟に渡した。

「これで、黍花たちは東の山へ逃げなさい」
「李春は私たちが命乞いをして逃がすから、李春と落ち合って三人で行きなさい」
黍花がどれだけ止めても、老夫婦は聞かなかった。自分達は十分生きた。若いものの命が失われる方が耐え難い、と。老夫婦は、そのまま山を下りてしまった。

黍花と清洲は、どうしようもなくて、言われたところへ急いだ。しかし待てど暮らせど李春がやってくる様子はない。しびれを切らした黍花は、金と食料を清洲に預け、子どもしか入れない岩の隙間に清洲を隠し、村へ戻ることにした。次の夜まで戻って来なかったら、清洲一人でも山を下れと言い付けて。

戻った村で黍花が見たのは、地獄のような有り様だった。老夫婦が馬に紐でくくられ村中を引き回されていた。二人ともこけて、まろびて、全身がぼろぼろだった。棒打ちの刑にも処されたのだろう。老翁は足を引きずって何度も転倒していた。良い着物を着、偉そうな態度でそれを見ている男もいた。

村長がへこへこと頭を下げているから、きっと役人かなにかなのだろう。扇子を振りふり、なにやら指図を出している。李春はといえば、大木に何重にも鎖でくくられ、世話になった老翁老婆が傷付いているのを見せつけられていた。李春が下手に乱暴すれば、老夫婦の首が飛ぶのだろう。

刃物を持った男が老夫婦の周りをうろついている。李春はおんおんと泣いていた。老夫婦は李春のそばを通る度、気を確かに、だの、大丈夫だから、だの声をかけているようだった。見ていられなくて、黍花は群衆のなかに躍り出てしまった。
「おれならここだ!その人たちを放せ!」

待ってましたとばかりに群衆が黍花を捕らえようとする。それをはねのけて、黍花は老夫婦と馬を繋いでいる紐を引きちぎろうとする。しかし紐には鉄線が編み込まれてあって、思うようにちぎれない。老夫婦が、いいから、逃げて、と言うが黍花は言うことを聞きたくなかった。

そうこうする間に、黍花も捕らえられてしまった。そうなればもう用もない、と、老夫婦はあっけなく役人たちに斬られてしまう。李春の我慢も限界だった。何重にも巻かれたはずの鎖を引きちぎり、村人相手に大暴れしたのだ。それを止めたのは、あろうことか、虫の息の老夫婦であった。

「お前の力は人を傷付けるためにあるんじゃない、目を覚ましなさい!」
老翁の叱咤で我に返った李春は、呼吸の細くなった老夫婦を抱え、じっちゃ、ばっちゃ、と泣き尽くした。役人たちはそれを引き剥がし、
「それでは先ほどの賭けを続行しようか」
と李春に言った。
「う、受げで立っでやる!」

賭けとは。先ほどであれば李春のために老夫婦が、今であれば黍花のために李春が代わって懲罰を引き受けること。責めのあとに命があり自分の足で立っていれば罪を不問に伏すことであった。
役人は言う。
「まあ、あそこの寺はかねてより悪い噂のあったところだから、不問に伏してもよかろう。

だが、なんにせよ火付けは重罪。李春どのには相応の罰を用意せねばなぁ。」
役人の嫌な笑いかたに、黍花は李春を止めた。自分が悪いことだから、自分が罰を受けるから。だから清洲を助けてやってくれ、と。しかし李春は聞かなかった。
「お、オメたちを守るっで、言っただろ」