『鬼の子』一幕三場

姉弟が再び街道に出ると、なにやら人だかりができているところがあった。なんだと思って覗き込んでみると、なんと二人の人相書きである。由緒ある仏閣を燃やした犯人として生死問わずのお尋ね者となっていたのだ。人だかりから聞こえてきたのは「火付けは重罪」「見付かれば火炙り」という言葉だった。

少女は慌てて弟を抱えて街道から再び山の中へと逃げ込んだ。子どもの二人連れは目立つ。そこに声をかけた僧侶たちという絵面も目立つ。往来の多い街道でそれを見ていて、事件を聞きつけこれはと思った人間がいてもおかしくはない。うかつだった、と、歯噛みした。

とにかくほとぼりが覚めるまで街道は行けない。山の中を進むしかない。幼い清洲を背負い、少女はまた道無き道を行くこととなった。
山の深く深くと進んでいくと、小さな集落を発見した。弟を手近な洞穴に隠し、決して動いてはいけないときつく言い付け、少女は集落へ降りていった。

ほんの少し、食べ物を失敬するだけのつもりだった。集落のはずれに芋を軒先に吊るしている民家を見つけたので、留守を確認して、芋を懐に入れた。ところで。
「どっこいしょ、ああ、疲れたねぇ」
家人が帰って来てしまったのである。しかも。
「おや、イタチの野郎かな。芋が盗まれてやがる。」

その家の住人は、どうやら老婆と老翁のようだった。少女は驚いた表紙に家の中に隠れてしまった。出入り口には老婆と老翁が芋を眺めてああだこうだと言っている。勝手口はない。窓はしっかりしていて簡単に外れそうにもない。こうなれば。
「おい、ジジイ、ババア。芋を盗ったのはおれだよ。」

少女の手には、土間にあった出刃包丁が握り込まれている。
「い、命が惜しけりゃ、見たこと全部忘れて、そこ、どきな。」
老婆と老翁は呆気に取られた顔をしている。そりゃそうだ、と思った。盗人といってもガリガリに痩せた子どもが包丁を持っていきがってるのだから。

だが、少女にとっては、二人をくびり殺すことなど簡単なことであった。それは先の経験がそう思わせていた。そこへ。
「御用改めである!本日触れのでた人相書きのお尋ね者が匿われていないか改めである!」
役人たちががなりたてながらやってきたのだ。万事窮す、と、思ったその時。
「ここへ隠れて!」

老婆が突然床板を跳ね上げ、その下に少女を押し込めたのである。訳がわからず、しかし役人がいるため声も出せずにいると、役人と老人たちのやり取りが聞こえてきた。それは、どう考えても少女を庇いここにはそんな人間はいないと証言するものであった。

役人たちは家の中を改めたが、床板の下までは考えが及ばなかったようで、来たときと同様がなりたてながらけたたましく去っていった。
「もう大丈夫じゃよ」
再び床板が外され、老人たちが少女を引き上げた。二人の顔は穏やかで、言われるがまま、包丁を二人に預け渡していた。一抹の申し訳なさから、芋も返そうとしたが、

「芋はイタチにやられたんでのぅ」
「イタチにやられたんじゃしょうがありませんね」
の一点張りで二人は聞かない。そこまで言うならと、そろりと少女が家を抜け出そうとすると、山の方から大きな足音を立てて巨大な人影が降りてくるのが見えた。そしてその肩に見慣れた小さな人影がいることも。

小さな人影は、清洲であった。巨大な人影となにやらやりとりした後、巨人の肩から下りて、無邪気に駆け寄ってきたのだ。弟を人質にとるつもりなのか、二人まとめて役人に突き出すつもりなのか、それともあの人拐いたちのようにどこかへ売り飛ばすつもりなのか。少女の頭に嫌な考えが去来する。

しかし心配は杞憂に終わった。少女を助けた老夫婦はびっくりするほどお人好しで、清洲を拾った巨人は老夫婦の孫でこれまた心の優しい男であった。老翁は日がな一日田畑を耕しては貧しい家に収穫を分けてやる。老婆は薬草に詳しく薬屋の真似事などしながら時には産婆として女たちを助けてやる。

特に孫は李春といい、顔面こそ巌のようにごつごつといかめしく、牛や馬がまるで犬猫のように思えてしまうくらいの巨体であったが、老翁とともに畑仕事に精を出し、一休みしていれば蝶や小鳥の寄ってくるような性根の真っ直ぐな素朴な男であった。
清洲はそんな李春によくなつき、よく遊んでもらった。

老翁は、自分の名前を知らない少女に、それでは困るだろうからと、ちょうど耕していたキビ畑にちなんで黍花(しょか)とあだ名を付けた。
また老婆は日に当たると少女ーー黍花の肌が荒れるのに心を痛めて、こう見えても薬師だから、と、軟膏を作って毎夜優しく塗り込んでくれた。

「こ、ここで、暮らしたらええよ」
ある日、畑仕事のあと、李春が黍花に言った。
「おでも、じっちゃばっちゃのほんとの孫じゃ、ね。で、でもじっちゃばっちゃはおでをほんとの孫みたぐ、してぐれる。オメたちのごとも、きっと、家族にしてくれっよ。」
少女も、まんざらではないような、気がした。

姉弟、こと黍花にとっては初めて味わう家族的な愛情であった。