『鬼の子』一幕一場

少女は奥深い山林の閑村で産まれた。

異様だったのは、全身が真っ白だったことだ。髪も肌も、全てが白かった。しかしその中で目だけが血塗られたように紅かった。

村のおばばはこれを占って、「凶相あり」と断言し、その二、三日後に突然死んだ。村人たちは子どもを恐れ、「鬼の子」と呼んだ。


少女は村人からも親からも疎まれて育った。日に当たると肌が焼けてひどく痛むので山に入り木の陰で過ごした。子供達はそれをからかい、ひどい喧嘩になったこともあった。そういう時は必ず少女が勝ち、乱暴者だとますます嫌われ、親は手に負えない子どもをますます疎んじるようになった。


少女が産まれた時に村のおばばが死んでからというもの、村には災難が続くようになった。もともと貧しい閑村だったのに、日照りや洪水、地滑りが立て続けに村を襲い、田畑は荒れ果て人が次々死んでいった。

人々は鬼の子のせいだと公言するようになり、少女や家族に乱暴する者も現れた。


少女にも名前はあっただろう。しかしその名を呼ぶものはもはやおらず、少女も自分の名前を知らずに育っていった。ただ自分は「鬼の子」なのだと思うようになった。

ところで少女にも心踊る出来事があった。両親のもとに弟が誕生したのだ。弟の髪は黒く、肌も他の人間と同じように色がついていた。


親は弟に清洲という名前をつけ、姉とは違う普通の子どもであることを喜び、愛情を注いだ。両親は少女から弟を遠ざけたが、少女はこっそりと弟のもとに通い、時にはあやしてやったり食べ物を与えてやったりした。両親はそれに気づくと石を投げて少女を追い払ったが、無垢な弟は姉によくなついた。


そんなつかの間の穏やかな日々はある時突然破られることになる。それまでしばらく止んでいた天災や人害が再び村を襲うようになったのだ。少女に向けられる目はまたも厳しいものになった。そこで村人たちはついに少女を人身御供として山に捧げることを決めた。のみならず、弟清洲も湖に沈めようとした。


それに少女が気付いたのは村人たちが家に押し入ったとき。家の裏手で寝ていたらただならぬ喧騒がきこえてきたのである。壁板の隙間から覗いてみたら、血相変えた村人たちが父を打ち殺し、母が清洲を庇いこの子だけはと命乞いをしているではないか。少女は弟を失うことだけは許しがたいと思った。


少女は咄嗟に窓を破り、家の中に踊り込んで弟を拐った。弟は腕の中で泣きわめいていたが、少女の耳に聞こえてきた母親の絹を引き裂くような悲鳴と、村人たちの「追え!」「殺せ!」という怒号が少女の足を止めることを許さなかった。


どれほども走っただろうか。普段駆け巡って慣れ親しんだはずの山や林が、その時ばかりは牙を剥いているように思えた。振り返る度、自分達を狩るかがり火がチラチラと木々の間から見えるのが恐ろしかった。自分一人であればいくらでも逃げ切れたであろうが、今は弟を背負っている。そしてついに。


「いたぞ!」

いつの間にか、行く手に回り込まれていた。崖の上から、矢をつがえ、との号令が聞こえる。一か八か。

「いいって言うまで目を開けちゃダメ」

そう弟に言い、弓んづるの引き放たれる音と同時に崖を駆け登った。

得物を構えた男たちのただ中に躍り出て、右も左もわからないまま暴れた。


ちょっと皆を蹴散らして、逃げ切るだけのつもりだった。それがどうだ。足を蹴れば骨が砕け、腹を打てば内蔵が破裂し、頭を小突けば頭蓋が割れた。気づけば辺り一面死屍累々、小便を漏らし腰を抜かした二、三人の男たちが震えながらこちらを見ている。鬼の子、鬼の子、と一人が正気を失って連呼していた。


どろり、と返り血が肌を伝う。弟も頭から血を被って震えている。自分が呪われた定めのもとに産まれてきたことをまざまざと実感させられた。それが腹立たしくて、舌打ちをし、生き残った男たちに言い放った。

「命が惜しけりゃ着物と得物、とっとと寄越しな。」


男たちの身ぐるみを剥ぎ、川を探して谷へ下りた。弟には汚いものを見せたくなかったので、彼が泣き疲れて寝ている間に、血で汚れた体を清めてやった。さて自分もと思い、まだ冷たい水の中に入ったが、けしからぬことに、体についた血の汚れは取れても髪の毛が一向にもとの白さを取り戻さない。


何度水で流しても、血が流れきった後もなお、髪の毛は紅く染まったままである。

「ふ、ふふ、はははは」

笑いが込み上げてきた。これが鬼の子である呪いか、と。子どもだてらに男たちを打ち殺した呪いか、と。同時に目からこぼれ落ち頬を伝ったものの名を少女が知るよしはなかった。