『鬼の子』あらすじ 第六章


汪葉は鶴溢の一番弟子であり、恙蘭の後進である。迅濤と宗翰はまだ修験者の身で、尚耀と共に鶴溢に学んだのは偶然だったが、この度の赤叡師団暗躍とそれを掃討する仙人達の深刻な人手不足及び宗翰の軍隊追放が重なり、揃って仙道に入ることになった。

汪葉は、白寿にすまなかった、と謝った。


白寿が尚耀の許へやってきたのは全くの偶然だったが、その紅い髪を見て、すぐに白寿の中に居る者のことに気付いたという。白寿を裏切るようなことをして、すまない、と。

白寿はそれにはなにも答えず、一言、尚耀は知っているのかと訊ねた。汪葉は神かけて尚耀は何も知らないと言った。


それから白寿は、三つのことを掛け持ちする多忙な日々を送ることになった。

一つは引き続き女達の中で宮仕えをするということ。これは、他人の気を読み、行動を予測し、次に己が取るべき行動を瞬時に察することができるようになるための訓練であった。この指導は汪葉が厳しく行った。


二つ目は、昼間の宮仕えに加え夜明け前と日暮れ時には迅濤と宗翰の赤叡師団狩りに加わること。長い時間をかけて二人に鍛えられたとはいえ、白寿には実践経験がほとんどなかった。赤叡師団の者達と対峙すると必ず白寿の中の西風の魂魄が暴れたが、それを御せるようになることも目的の一つだった。


そして三つ目が、恙蘭による仙術の指導である。これは陰気が増加する夜間に行われた。一くくりに仙術と言っても様々な形があるが、白寿が学んだのは体内の気を操れるようになる術だった。恙蘭曰く、「貴女は学もないし上品さもないけど、『力』そのものの大きさに置いてはどんな仙人より上ね」


「それは、貴女の中に居る西風の力のためではないわ。貴女が産まれ持った貴女だけの力よ」

この言葉は、それなりに白寿の気持ちを励ました。

なんといっても、恙蘭らから伝えられた事実は白寿にとって少なからずショッキングであった。しかし悪いことは努めて考えないようにした。


白寿の処遇については、恙蘭からはっきりと伝えられていた。「貴女は西風の魂魄の容れ物よ。その時が来たら貴女ごと西風を滅殺します」

鶴溢らが白寿の肉体や精神力を鍛えるのは、力を取り戻しつつある西風の魂魄に宿主である白寿の身体が乗っ取られないようにするためだ。


こうしている間にも、汪葉は尚耀を助けるために奔走していた。人脈を最大限活かしてかき集められるだけの経済的・政治的支援をかき集めた。愚帝を戴いた国府は腐敗しきっていたが、そこが付け入り所でもあった。尚耀は若く勢いがあり、身分に胡座をかいた尚達よりも金の臭いがした。


しかしここで、尚耀の勢いは環均郭庁長官その人によって止められてしまう。尚達と癒着していた判官・趙雲が、次々と尚耀の行動を制限する政策を打ち立ててきたのだ。

趙雲はまず、小作農の移動を制限した。農民は定められた土地以外を耕してはならないとし、尚耀は下郎達を貸し出せなくなった。


貧しい小作農達は貧しい土地に縛り付けられ、法外な納税に悩まされることになった。

また、趙雲は貴族達の金の流動も管理下に置くことにした。環均郭司である尚達は趙雲と馴れ合っていたし、他の金持ち達も多くが彼らの側に付いていたので、溜め込まれた金を市民に分配することは叶わなくなった。


その上趙雲は尚耀と匚家の対立をあげつらい、尚耀は戦を起こそうとしているとの噂を流布した。以前尚耀が匚家に対して行った事の仕返しをしたのである。尚耀が匚家から離脱し民間に媚びへつらって市井を分断しているのは民を扇動し争いを起こさせることで国を良いようにしようとしていると言うのだ。


尚耀への支持を続ける者は少なくなかった。しかしそうした噂を流すと共に、趙雲と尚達は、自分達の側に付く者を手厚くもてなし尚耀の側に付く者の生活を苦しくさせたので、不安と圧政に耐えきれず尚耀から離反する者もまた少なくなかったのだ。金と人から見放され、尚耀は窮地に立たされた。


尚達らはそれに気を大きくし、鉤国内の造反者達と手を組み国外の対立勢力とも親しくするようになった。国内最大規模の権力を有する環均郭がそれを行ったことの影響は甚大で、遂には鉤国天子までもが尚達らによって懐柔され周辺諸国と無法な盟約を結ぶに至ったのだ。


尚達や趙雲は勿論、天子を始め多くの政府高官や貴族達が目先の私利私欲に目がくらみ、正常な判断を下すことができなくなっていた。尚耀を始め、有徳の官吏や心ある豪商達も打つ手がなくなった。尚耀と匚家のお家騒動によって点いた火種は、今や国家を揺るがす大火事にまで発展してしまった。


情勢不安定に付け入って、西風の魂魄の欠片を宿した赤叡師団の動きも激化していた。もはや赤叡師団はおのおの個人で動く単なる賊徒ではなく、国内を分ける第三勢力にまで規模を大きくしていた。匚家のお家騒動に落胆し手っ取り早く事態の改善を望む一般市民が赤叡師団に合流し始めたのである。


赤叡師団は、匚家も尚耀も政府も王家も法制も、鉤国を司る全てが敵だと主張した。長い国歴の間に鉤国は腐敗してしまった、それを建て直すには国を倒すしかない、それこそが天の意思だ、と。

西風の魂魄に負け化け物に変化してしまう者も激増したし、それを退治する人手は圧倒的に不足していた。


周辺諸国はいよいよ明け透けに鉤国侵略を謳い出し、人心は混乱する一方で、もはや鉤国に生き残る術は無いと思われた、まさにその時である。

「天子が弑し奉られた!」

天子崩御の知らせが全国を駆け巡ったのである。贅沢三昧だった皇后もろとも天子を弑逆したのはなんと二人の愛娘・韋燦公主だった。


韋燦公主はこの時齢十五にして性得苛烈、燃え盛る火の矢のような性格で、女だてらに並みいる他の王位継承者達を霞ませてしまう程才気溢れる公主であった。女だから帝位には着けないと近年公務から遠ざけられていたが、父である天子・韋濕剛帝の愚政に瞋恚し御自ら韋濕の首をはねたのである。


韋燦公主は実の両親の首を掲げ、ここに新王の誕生なりと高らかに宣言したという。

そこからの国の混乱と、それを利用した韋燦公主の活躍は目覚ましいものがあった。韋燦は僅かながら絶対の信頼を置ける者だけを側に置き、彼らを多いに活用して国の制度改革を行っていった。


韋燦は手始めに腐りきった王家直系の兄弟親族達の首をことごとく撥ね、前天子韋濕の頚と共に王都の真ん中に並べ曝すことで、国に仇為す者あらば皆こうなるぞと広く深く知らしめた。

また、腐敗の中枢だったお家制度は完全に白紙にし、全ての国民の全ての財産は国家に帰するとした。


公主は王都の人々を王城に集め、詔勅を発布した。

その場に於いて、公主は自らの首に白刃をぴたりと当てて啖呵を切った。

「妾は王位を欲しいままにしよう。国を欲しいままに操ろう。そち達を働かせ、戦に駆り出そう。だがそれは今暫くのことのみ。国が豊かになれば妾はこの命をそち達に還そうぞ」