『鬼の子』あらすじ 最終章


韋燦と淕千の許に駆け込んで来た老翁は、淕千の父親であった。「恐れながら、韋燦公主に申し上げまする」わなわなと恐怖に震える老翁に、韋燦は面を上げるよう言った。「恐れながら、ーー淕千は私めの息子ではござりませぬ」

老翁曰く、淕千は何年も昔、雨の降り始めた夕暮れに拾った子だと言う。


「私は、子が欲しかったのでございます。長いこと妻と二人で暮らしてきて、寂しかったのでございます。それで、一人で歩いていたこの子を拐かしてしまったのでございます。この子は幼く、物心もついて居りませなんだ。私達を母と呼び父と呼び、慕ってくれたのでございます」老翁は床に額を擦り付けた。


「この子が皆に認められ官位を上っていく様が可愛かったのでございます、公主様のお目に止まった事が誇らしかったのでございます。それが偽りと知りながら、今日今この時まで言い出す事が出来ませなんだ。責めるなら、どうかこの私めをお責め下さい。この子は、この子は何も知らないのでございます」


淕千のーー清洲の目には軍団を率いて空へ昇ろうとする紅い髪の仙人が見えた。曖昧で朧気な記憶の彼方に、汚ならしくみすぼらしかった自分を見付けた。腹が減って寒くて惨めだった時、食べ物を手に入れ、抱き締めて暖めてくれた少女の姿も。

「…ーー姉さん!」

紅い髪の仙人が、微かに手を掲げた。


雨が晴れ、空には美しい虹がかかった。清洲の目からは自然と大粒の涙が零れ落ちた。


そこから後は、上を下への大騒ぎになるかと思われたが、予想外にもそんな事態は起こらなかった。白寿と尚耀が西風と闘った暗闇での出来事が、膨張した白寿の心を通してその場に居た全ての人々に見えていたからだ。


白寿は西風に命を奪われそうになっても尚、赤叡師団の残党と闘うため佰国との最前線に向かっていった。そこでは泰旭が軍采を執っていたが、劣勢のため多くの兵が命を落としていた。そこに現れたのが白寿率いる仙人の助勢であった。戦力の補強に加え、神々しい白寿の姿に鉤国の兵達は勢いを盛り返した。


佰国との大戦に勝ち、赤叡師団の残党達も仙人達の追撃を免れなかった。人々は白寿のことを好きになり、大戦の功労者として讃えた。白寿は、鉤国の平和奪還の象徴となったのだ。

韋燦公主は即位当時の約束を果たすべく自刃を決意したが、民衆が存命の嘆願書を出したので取り止めざるを得なかった。


韋燦公主は清洲の両親を咎めなかった。彼らは清洲にとっては実の父母に変わりなかったからだ。清洲と白寿の関係を公にし、民意の後押しを受けたこともあり、韋燦は清洲と正式に婚礼を挙げ、二王として即位することになった。

鶴溢や恙蘭は王宮に留まり、新王を助けていった。


迅濤や宗翰、泰旭は軍に戻り英雄として将軍の座についたが、三人とも椅子にふんぞり返って座っているのが性に合わず争いやいさかいが起こった所に出張って嘴を突っ込んだ。

泰旭は長年生き別れていた妻と両親と再会し、翌年には双子の娘が産まれて子煩悩な父親になった。


汪葉は尚耀と共に尚耀の屋敷に戻り、自分が拾ってきた孤児達の面倒を見ることに走り回った。仙人になる前、汪葉は夫と三人の子供を持つ母親だった。しかし戦のために家族を喪い、長く悲しみに囚われていたのだ。「私が変わったきっかけは、あんただったんだよ、白寿」後に汪葉はそう語った。


「悲しい目をしたあんたに、同情しちゃったのが運の尽きだったんだよなあ」おかげで大変な目に遭わされたよ、と笑う汪葉の目は優しかった。

尚耀だけが、あの日のまま目を覚まさなかった。医者や仙人達があれこれ手を尽くしたが、詮は無く、穏やかに眠り続けていた。白寿はずっと尚耀の側に居た。


時が流れ、ある日しとしとと雨が降った。遊び回る子ども達を学舎へ追い立てた白寿が、やれやれと尚耀の寝顔を見やると、ぴくりとまぶたが動いた。

「尚耀…?」

白寿が小さな声で呼び掛けると、尚耀が目を覚ましたのだ。

「ああ…なんだ、白寿か。どうした、そんなところに突っ立って」


「腹が減ったなあ、今何時だ?飯はまだかな」昔と変わらない、暢気な、声。「ーー尚耀!」

白寿は、駆け寄って尚耀を抱きすくめていた。

「…そうか、俺は随分寝坊をしたんだなあ。」ぽんぽん、と、白寿の頭を撫でて尚耀は言った。

「ずっと、ひとりにして済まなかった」


「本当に、尚耀は愚図なんだから」

白寿は、尚耀の腕の中で、笑った。



-完-