東京魔窟伝ボツプロット


~プロローグ、物語が始まる前の状況とは

 

 ある日、東京を中心に奇妙な病気が流行しているというニュースが報道された。身体には何の異常もないのだが、胸のあたりにアザのようにも見えるシミが出るというものだ。人によってそのシミの大きさや形、色などはそれぞれだが、どんな精密検査でも異常が発見できず、医学的にはとりあえず問題が無いと結論付けられていた。

 

 この奇病とともに、ありとあらゆる報道番組は渋谷を中心に起きている連続猟奇殺人事件の話題でもちきりだ。心臓を一突きにえぐり取られ殺害される事件が数日のうちに十数件発生しているのである。この事件は「心臓刳り抜き事件」と通称され、渋谷警察署の刑事である榎(え)根(ね)本(もと)竜司によって担当されることになった。竜司はなぜか署内の鼻つまみ者である「オカ研」(怪奇・心霊・オカルト事件研究課)の研究員、風(し)巻(まき)エレナとタッグを組んで操作をするよう指示を受ける。

 

 とにかく操作は難航していた。被害者になんの共通点もなく、犯人像は全くつかめない。また犯人は神出鬼没で、今までの犯行ルートからあたりをつけて張り込みを行っても、その裏をかくように全く違う場所で新たな被害者が出る。人海戦術も、おとり作戦も、なんの効果も示さない。その上エレナが役に立つんだか立たないんだか、竜司の神経を逆なでばかりする。

 

 同時多発的に、渋谷各地で怪奇事件が起こる。盗難やら痴漢やら殺人事件やら、犯罪の種類こそ多種多様だがどうも人間の仕業とは思えないような手口ばかりなのである。もともと心臓刳り抜き事件に怯えていた渋谷は、この報道によりパニック状態となる。県外へ逃げ出す人、防犯や保険に多額のお金を使う人などは初歩的なところで、日本有数の経済都市がそのような状態に陥ったことで日本全体の経済や政治までもが混乱しはじめたのだ。竜司のもとへも迅速な事件の解決を催促する上層部からの圧力がかかるようになる。

 

 少しでも手掛かりを見出そうと事件現場を再捜査している時に、竜司とエレナは一人の少年と出会い、戦闘になる。その戦いは異常なものだった。エレナは一陣の風と化して竜司の身体に宿り、爆風のような怒涛の攻撃を浴びせたが、少年は電光を帯びたパンチや、炎をたたえた蹴り、水流の防壁などを繰り出し、一瞬の隙を突いて逃げ出してしまう。

 

 

~まず、エレメントとは

 

 竜司がエレナを問い詰めるとエレナは、実は自分は人間ではない、と打ち明ける。(そんなことはわかっているんだ、と竜司は怒鳴ったが。)この世のすべてのものは世界を構成する構造物である。生物も無機物もが互いに干渉しあい、捕食し合い、補完し合いながら、しかし何物の支配も受けず、なりゆきまかせに流転していくもの、エレナはそれらを総称して『エレメント』と呼んでいるという。ちなみにエレナは『風』のエレメントである。

 

 しかし近年エレメントが人間の支配下に置かれるようになった。エレナはそれを調べるため、人体を堂々と研究できる警察にもぐりこんだそうだ。渋谷で頻発している怪事件もエレメントを悪用しての犯行だとエレナは断定する。先ほどこぶしを交えた少年も、エレメントを使役しているのだろう。それを可能にしているのは、とエレナが竜司の胸を指す。その胸にはニュースで報じられる奇病と同様に、アザが黒々と刻まれている。先ほどの戦闘で負った傷ではない。そのアザの下の何かがエレメントたちを強制的に使役しているようだが、それがなにかはわからない、とエレナは言う。一連の猟奇的な心臓刳り抜き事件に首を突っ込んだのも、胸のアザとエレメントを関連付けるきっかけにならないかと思ったからだそうだ。しかし心臓をくりぬかれた後の屍体にはアザのようなものは全く残っておらず、落胆したという。自然は自然のままにあるべきなのに、意に染まない争いの道具にされていることが許せない、と、エレナは唇をかみしめた。

 

 二人はそれから逆転の発想で、エレメント関連事件から心臓刳り抜き事件の手掛かりが得られないか捜査を進めることにする。事件現場にひとつひとつ足を運び、詳細を洗いなおすという原始的な手法だ。しかしそれを面白く思わない連中はかならずいるもので、エレメントの能力を悪用しようとする人間たちが次々に襲撃してくるようになる。そうした敵と戦ったり、彼らに使役されていたエレメントと意思疎通したりするうちに、エレメントの使役についての詳細が徐々に明らかになっていく。基本的に人ひとりが適合し使役できるエレメントは一種類であること、希少性や能力などが高いエレメントを使役している人間の方が胸のしみやアザが濃いこと、そうしたアザが濃い方がより凶悪な犯罪を起こしやすいということだ。

 

 しかしなにがエレメントの使役を可能にしているのかは一向にわからない。エレメント事件の犯人たちは単独ないし少人数のグループで犯行を行うことが多いことも捜査を難航させていた。その間にも心臓刳り抜き事件は件数を伸ばしていく。いよいよ渋谷は大混乱に陥り、頑丈が取り柄の竜司もさすがに心労と疲労が蓄積して体調を崩すことが増えていた。途方に暮れていた時、二人は偶然先日の少年を発見。前回同様戦闘に突入し、少年の圧倒的優勢だが、今回はそう簡単にやられたり逃げられたりしない。とうとう少年を組みふせる。抵抗する少年。二人を止めたのは、他でもない、お互いのエレメントたちだった。

 

 

~では、ヤドリとは

 

 少年側の意向で、少年らの隠れ家に移動する。少年はイツキと言った。本名も、生まれも、わからない。親も家も当然無い。イツキに宿っていたのは、炎・水・雷のエレメントで、それぞれ、ほむら、瀧、カミナリと名乗る。彼らはエレナと同様に原始的で非常な強力なエレメントであり、イツキと親しみやすいように人型を取っている。それぞれがイツキと適合しており、これは「一人に一つのエレメント」という原則から外れ、イツキの能力が異常に高いことを示している。イツキはひとり話の輪から離れて憮然としている。

 

 それについて瀧が指摘したのは、またも、竜司の胸のアザ、そして竜司の体調不良と情緒不安定である。前に見たときよりも、濃く、なにか文様のようなものが胸に広がっている。「これがなんなのか、見せてやるよ」イツキが突然、炎をまとった腕で竜司の胸を貫き、心臓を掴み出す。それを息も絶え絶えな竜司につきつける。まだ身体に血管で繋がった心臓は、心臓と呼べる代物ではなかった。ぶよぶよとしたどす黒い卵状の球体の中で、魚のような、爬虫類のようなものが脈打っている。ぎゅっ、とイツキが卵を握りしめると中の生き物は恐ろしい叫び声を上げ、竜司の身体は激痛と憤怒に支配される。イツキが再び卵を竜司の胸に戻すと、恐ろしいスピードで傷口が修復されていく。『心臓刳り抜き事件』の真犯人は、イツキたちだったのだ。

 

 その生き物をイツキらは『ヤドリ』と呼んでいた。ヤドリは醜い竜のような姿をしており、人に寄生してエレメントを使役する能力を与える。ヤドリの幼生は胞子のような形をしており、雄芽は左の肩口から、雌芽は右のわき腹から入り込み、血中を旅して心臓で結合し卵になる。そのエネルギーは人の「欲」である。その欲望が強力であるほど、ヤドリも強力に成長する。寄生する人は選ばず、強大な力を欲するよこしまな心を知らずのうちにヤドリによって植えつけられるのだという。ヤドリの成長の度合いは胸のアザの濃さで測れる。ヤドリの身体から出る特殊な毒素が体内でメラニンに変換され皮膚上に現れるからだ。イツキらはそのように強く邪悪に育ったヤドリを狙い犯行を行っていた。

 

 イツキの身体には、このヤドリの卵が三つも巣食っていると言う。濃く深く刻まれた醜い文様と暗く歪んだ心は、異常な力の代償だ。寄る辺は無いのに醜い身体と呪われた能力だけは捨て去ることのできないこの少年に、竜司は不思議な憐憫と親しみを覚える。それでも凶悪犯は凶悪犯である。刑事である竜司は少年をしょっ引かなくてはならない。

 

 しかし、猶予を与えてくれ、と、カミナリが頭を下げる。彼らはどうしてもヤドリの元凶を突き止め、解決しなくてはならないのだと。それは、イツキのような不運な人間を増やしたくないというカミナリらの思いと、エレメントを強制的な使役から解放したいというイツキの思いからだった。当然イツキはどこの馬の骨ともわからない男に告白することへ抗議するが、カミナリは同じエレメント同士、エレナを見ればその行使する人間の人となりもわかる、と一蹴する。事実、イツキらも行き詰っていたのだ。エレメントの悪用が組織的に行われているのであれば末端の人間を叩けば上が出てくるかと思って凶行に及んだのだがいっかな何かの組織が動く気配がなかったのである。

 

 

~そもそも、事の発端とは

 

 それを解決したら必ず出頭すると(なんとか)約束を取り交わし、竜司とエレナはいったん警察署へ向かう。唯一の手掛かりは、ある時を境にイツキの記憶が全く無いということだ。断片的に残っているのは、白い壁とたくさんの機械、燃え盛る炎、化学薬品の混じった臭い、男たちの叫び声、崩れ落ちる瓦礫の山の記憶。それ以降の最後の記憶では既にカミナリらが隣にいて、親兄弟の代わりをしていたのだと言う。二人は病院か研究室かで何らかの事故に巻き込まれた可能性があると推測し過去二十年でそのような大事故が起こっていないか洗おうというのである。自分のパソコンから検索をかける竜司。しかしエラー表示が出て、データベースにアクセスできない。どうしたのかと思う間もなく、同僚たちが襲いかかってくるではないか。

 

 警察署も、既にヤドリの支配下にあり、真相に近付く者を排除しようとしているのだ。そうなれば竜司たちも戦うしかない。隠された情報にアクセスできるだろう署長のもとへたどり着くと、署長もまたヤドリに心を奪われていた。彼を撃破し、ついに隠蔽された研究所をつきとめる。そこは生物兵器を開発する旧日本軍の秘密研究所で、ヤドリもその場所で戦争が終わった後も軍事力を得ようとする一部の関係者により秘密裏に生み出されたものだった。当時は研究名『Chronological Observation of Parasitic-infection Syndrome(寄生生物感染症についての経時的観察)』の頭文字をとって『PSYCHO(サイコ)』と呼ばれていた。しかし詳細は失われている。そこへほむらが駆け込んでくる。「イツキが危ない!」尋常ではないほむらの様子に、エレナの風の力を使ってイツキのもとへ駆けつける。

 

 

~そして、対峙する

 

 イツキの状態は凄惨を極めた。身体に寄生しているヤドリは卵である。その孵化の時が来て、イツキの身体を食い破ろうとしているのだ。イツキは強い意志でヤドリを抑え込み、カミナリの電磁波と瀧の水分コントロールで何とか生命活動を保っているが、その抵抗が長く持たないのは一目瞭然である。イツキに詰問され、竜司がヤドリの正体とイツキの記憶の場所が分かったことを吐露すると、イツキはその場所へ連れて行けと言ってきかない。

 

 イツキに押し切られる形で秘密研究所へ向かう六人。巧妙に隠された秘密研究所は、木々や風雨に浸食され荒れ果てた廃墟であった。必死で当時の研究資料などを探すが、無駄であった。全てが何かの爆発によって焼失していたのだ。やり場のない怒りが、イツキの心をへし折った。そして、今はヤドリ、かつてサイコと呼ばれたモノはイツキの身体を引き裂き、成体となる。

 

 その姿は、醜い三つ首の竜のようであった。ほむら、瀧、カミナリは抗いきれずヤドリに取り込まれてしまう。ヤドリはへその緒でイツキと繋がったまま、イツキを操り竜司らを攻め立てる。ヤドリは宿主のことすら、養分を与えてくれるだけの肉塊だとしか思っていない。その生きる目的は、貪欲に他の生命を食いつくすことのみである。権力を欲する人の心によって生み出された怪物は、他者を支配し、搾取することに無上の喜びを感じていた。シャーレの中に産み落とされてから、成体となるのには時間がかかった。ヤドリを育て上げるだけの身体と精神力を持った人間も少なかった。後に竜司は、自然界すらも支配欲の赴くままに従えてしまう力を持ちつつ、他者から生命エネルギーを供給してもらわなければ生きていけない存在に対し哀憐を覚えたという。

 

 竜司とエレナは、ようやくイツキを昏睡させる。ヤドリはイツキと繋がったへその緒を引き千切り、自ら二人に襲いかかる。火・水・電気の原始エネルギーの強さは尋常ではない。しかしそれにも二人は辛勝する。解放されるカミナリたち。ヤドリは絶命の間際、恐ろしい事実を明かす。ヤドリが胞子を放出して繁殖するということは、必ずヤドリの本体である『親』がいるはずだ。それが、イツキなのだ、と。

 

 心臓の代わりをしていたヤドリを失い、息絶えていたはずのイツキが、再び立ち上がり、竜司を襲う。穴が開いたはずの胸の中で、新たな「卵」が、それもいくつも生成されているのが見える。イツキはありとあらゆるエレメントをもって攻撃し、竜司とエレナはほむら・瀧・カミナリとともに応戦する。イツキの中で、記憶が蘇っていた。イツキは、PSYCHO(サイコ)計画の実験体だった。生みの親は父母ともに計画に携わる研究員だ。実験動物として生を与えられ、イツキを産み育てた親自身によって恐ろしい人体実験の被験者のひとりにされた。同じような子どもたちは大勢いたが、初期のPSYCHOが適合せずみな死んでいった。生き残ったイツキは研究員たちにとっての唯一の希望だったのである。そして、イツキは身体にPSYCHOの生殖胚芽細胞を植えつけられ、身体からPSYCHOの胞子を生産するようになる。つまりこの生物兵器を産むための『生きた母体』に作り変えられたのだ。『ヤドリ事件』の元凶はイツキその人だったのである。

 

 戦いの間イツキは、「死ね」「皆死んでしまえ」「喰ってやる」と叫ぶが、その心は「殺してくれ」と涙を流していた。生殖細胞の移植が終わり、幼いイツキの身体に細胞が適合した時、イツキは自分の不遇に対する悲しみと怒りから、すさまじいエネルギーを噴出し職員もろとも研究室を吹き飛ばした。あとに残ったのは裸一貫の自分自身だけである。外界の知識などなにも持ち合わせないイツキの身体をあたため、食事と住むところを与えたのは皮肉にも『ヤドリ』によって得たほむら・瀧・カミナリの存在だった。彼らに対する愛情と、同時に抱く憎悪。大切な者たちを自然に帰したいというイツキの心と、それらを使役したいと願うヤドリの残酷さがせめぎ合って恐ろしいまでの戦闘エネルギーを生んだ。

 

 

~エピローグ、物語の終着点

 

 竜司は、勝った。ほむらが、時に姉として時に母として見守り育ててきた最後の責任だと、昏睡するイツキの身体に巣食う『ヤドリ』細胞を焼いた。PSYCHO計画の救いは、親であるイツキの細胞が死滅すればそれから生まれたあらゆるヤドリも数日のうちに死ぬということだった。イツキとともに生きてきた三人は、自然界へ戻るまでイツキに寄り添っていた。そして消えゆく間際、懸命に生きろ、とだけ言い残していった。

 

 それまで生命を維持していたヤドリ細胞が失われ、それでもイツキが目を覚ましたのは奇跡であった。竜司は約束通りイツキを連続殺人犯として逮捕、連行した。これにより竜司の株は急上昇し、昇進も果たした。しかしPSYCHO計画は公安当局の圧力によってもみ消されたため、イツキ一人が事件の罪を背負うことになった。イツキは少年法ではなく一般法で裁かれその判決も甘受したが、出自不明の彼の起訴及び裁判は難航したという。

 

 エレナは消える前に、「『竜司』が『竜』を退治した」と竜司をからかった。

 

 のちに仮出所したイツキは竜司の養子になったそうだが、それはまた別の物語である。