ノルマンディを往け!

あらすじ

 

~プロローグ(1053年)~

 

場所:ディエップ港

登場:アル、レディ、『忘れじ』一味、『クイーン=ハンナ号』、他

 

 フランスの片隅にある穏やかな港町。人々は小さい港ながらも漁業や交易で何不自由なく生活していけた。アルは漁夫の父と優しい母を持つ平凡な少年、レディはアルの家庭に拾われてきた孤児だが、アル一家の愛情に包まれて屈託なく育っていた。

 そんな平和な生活はある日、突然奪われてしまう。

 山賊『忘れじ』一家の襲来。小さな港町はひとたまりもなく焼き払われてしまった。後に残されたのは奇跡的に命拾いしたアルやレディの他僅かな町民だけ。

 途方に暮れる人々の前に現れたのは、海賊船『クイーン=ハンナ号』。彼らは、気が良く心優しい魚人族(マーマン)だった。

 手助けを申し出る人情深いハンナ号の海賊たちに、アルとレディは「船に乗せてくれ」と頼み込む。幼いながらも町の役に立ちたいと思ったのだ。労働力として船に乗り込むことを特別に許可された彼らは、海賊としての人生を歩み始めることになる。

 

 

~黒髪のパッキォ(1065年)~

 

場所:オンフルール港

登場:パッキォ

 

 ディエップ港が焼き払われた頃から、12年が経った。アルとレディは立派に海の人間としてハンナ号で活躍している。ハンナ号が周遊の生活を一時中断してディエップ港に住み着き交易や物資の運搬の役目を担ったおかげで、町は以前のにぎわいを取り戻しつつあった。

 ある日、海の上でハンナ号の船長からアルとレディに指令が与えられる。これから向かうオンフルール港で、パッキォという男と待ち合わせをしているから、陸に上がって迎えに行け、というものであった。(魚人たちは生まれた時から海で生活をしているので、陸に上がると陸酔いしてしまうのである)

 オンフルール港に到着すると、アルとレディは待ち合わせ場所だという一件の酒場へ向かう。街は古びながらも人の賑わいで活気は衰え知らずだった。

 酒場には、確かに船長から伝えられた通りの風貌の男がいた。しかし、彼はなぜか十人以上の男たちを相手取り、のっぴきならない雰囲気の大乱闘の真っ最中であった。二人が船に戻り船長らを連れてくると、喧嘩好きの海の男たちのせいで、酒場は更なる大混乱に陥った。

 なんとか事態を収束させた(喧嘩に勝った)アンナ号の男たちだったが、パッキォは再会のあいさつもそこそこに、「嫁が攫われた、船を出してくれ」と船長に詰め寄るのである。

 

 

~女海賊ミランダ(同年)~

 

場所:ジュミエージュ修道院

登場:ミランダ、『月夜の蜘蛛団』、他

 

 パッキォの懇願により、ハンナ号はオンフルール港よりセーヌ川を上流へと遡っていた。

 パッキォの喧嘩相手は、川を溯ったところにあるジュミエージュ修道院をねぐらにする『月夜の蜘蛛』という黒司教団であった。パッキォが嫁、と呼んだ女は名前をミランダといい、数年前からパッキォと寝起きを共にしていたが、昨晩パッキォが留守にしている間に『月夜の蜘蛛団』に攫われたのだという。

 アルとレディが驚いたことに、パッキォはハンナ号の船長夫婦のひとり息子であった。ハンナ号がディエップに留まるために、航海の腕が鈍らないようひとりで別の海賊船に乗り込んで世界中の海を渡ってきたのだ。ディエップ港の状態も落ち着いてきて、パッキォの乗り込んだ船がディエップの近くに寄港するというので、久々の再会を約していたのだ。

 話している間にも、船はジュミエージュ修道院へ辿りついていた。しかし、巨大な修道院のどこへミランダが隠されているかもわからない。

 となれば、難しいことの嫌いなハンナ号の男たちが選ぶのは、正面突破である。

 轟音とともに正面扉を蹴破り、中へ突入。各方面へ散らばって手当たり次第に扉を開けていく。すると、怪しげな動きをする修道僧を発見。その後を追うと、隠された地下の牢獄が現れた。闇を切り裂く女の叫び声、パッキォは瞬時にそれがミランダのものだと気付く。

 さまざまな罠をかいくぐり、ミランダの声のする方へ辿りつく。ミランダは、さすがは海の女、荒い気性でミランダのことを取り押さえようとする男たちを相手に大立ち回りを演じていた。『蜘蛛団』の一瞬の隙をつき、ミランダを奪還するパッキォ。応戦する仲間たち。あとは、スタコラサッサと逃走するだけである。

 

 

~アヴランシュのナズナ(同年)~

 

場所:アヴランシュ港、聖ミカエル修道院

登場:ナズナ、他

 

 命からがら川を下り、海まで出たら、ハンナ号の船足に勝てる船はない。一行は追手から逃げるため、コタンタン半島のぐるりと向こう側、アヴランシュ港に向かうことにする。そこには船長の古い知り合いがいるので、匿ってもらおうという寸法だ。

 ミランダは、赤毛の美しい女だった。元船乗りで女海賊としても名を挙げていたが、数年前の大嵐の際海の魔物に船を沈められて以来、街を転々としてなんとか食いつないでいた。パッキォと出会ったのはそんな頃だったという。船長夫婦はいかにも海の女らしく気の強いミランダを一目で気に入った。特にレディとは年の近い女同士ということもあってすぐに打ち解けた。

 アヴランシュは塩つくりが盛んな都市港であった。船長の知り合いのツテで、一行は小さな孤島の聖ミカエル修道院に身を寄せることになる。

 ハンナ号の乗組員たちの世話係として院からあてがわれたのは、ナズナというヒトキツネ(獣人)であった。その修道院は小さいながら、巡礼の聖地として世界各地からさまざまな人々が訪れていたので、魚人である海賊たちもさほど目立たずに過ごすことができた。(海の荒くれ者たちにとって陸の上での規則正しい生活は地獄以外の何物でもなかったが)

 しかし、アルは何かを見落としているような気がして、喉に小骨が引っ掛かったような気分に襲われていた。

 そんなある夜のことである。突然海の向こうから宵の空をつん裂くような警報の音が響いてきた。皆が部屋の外に飛び出てアヴランシュの方を見ると、街が炎に包まれているではないか。ほぼ同時に、修道院内にも、危険を知らせる鐘の音が響き渡る。

 ナズナが海賊たちの寝ている部屋へ飛び込んでくる。「ゴブリンの襲来です!」喧嘩と聞いて、男たちの目が輝いたのは言うまでもない。嬉々として戦列に加わる魚人たち。アルやレディも例外ではなかった。意外だったのは、ナズナがあらゆる武道の達人だったことである。

 何匹かゴブリンを打ち倒したところで、アルはあることに気がついた。鎧に彫られている紋章が、『月夜の蜘蛛団』のローブや、かの憎い『忘れじ』一家の甲冑にも刻まれていたのである。

 「みんな、グルだ!」

 アルはレディの肩を掴んでそう怒鳴った。

 

 

~ゴブリン掃討作戦(同~1066年)~

 

場所:マシフ・アルモリカン、ロクディシア

登場:他

 

 そうとわかれば、目の前にある手掛かりを逃す手はない。修道院からゴブリンをあらかた追い払って一息ついている船長に、アルとレディはゴブリンや『蜘蛛団』、『忘れじ』一家の繋がりを説明し、ゴブリンを追う許可を得る。

 ナズナによれば、ゴブリンは『苔色の山脈』という盗賊団で、アヴランシュから南東に位置するマシフ・アルモリカンという山脈に巣食っているという。海賊たちもこの追撃作戦に参加したがったが、水から離れては生きていけない魚人のさだめでアヴランシュの警護に参加することが限度であった。そこでアルとレディには陸に強いパッキォとミランダ、修道院代表としてナズナが付き添うことになった。

 五人は、陸地を進み、山を目指す。情報は山間の市場町ロクディシアで入手した。市場の人々も近年粗暴を極めるゴブリンたちのせいで大損害を被っていたのである。季節は冬、山道を行くのは困難だったが、アルとレディの中で執念の炎が再燃していた。

 ゴブリンの洞窟は汚いものであった。しかし、五人はゴブリンたちに気付かれないよう裏口から侵入し、奥深くへと進んでいった。そしてゴブリンの首領の居室へたどり着く。

 ゴブリンは、誰かと言い争っているようであった。先日のアヴランシュへの攻撃の報酬が足りない、お前たちは薄汚いコソ泥だ、といったような内容。相手の顔は見えない。しかし、敵はアルたちの僅かな身じろぎに気付いた。暴かれるアルたちの隠れ場所、どっとなだれ込んでくるゴブリンの衛兵たち、そして大乱闘。混乱に乗じ、ゴブリンと言い争っていた者は姿をくらましてしまった。

 戦いに辛勝しゴブリンは散走、周辺の街の脅威は取り除くことができたが、『苔色』の首領らは混乱の中で落命、それ以上の情報を得ることはできなかった。

 微妙な心境で市場町ロクディシアに戻ると、街はてんやわんやの大騒ぎであった。

 

 

~世界情勢の変動(同年)~

 

場所:イングランド王国・ノルマンディ公国間

登場:イングランド国王ハロルド2世、ノルマンディ公ギヨーム2世

 

 町でしばし戦いの傷を癒しながら話を聞くところによると、フランスの対岸、ラマンシュ海峡の向こう側のイングランド王国で、1066年1月5日、国王エドワードが崩御したのだという。翌6日に王座に就いたのはエドワードの義兄ハロルドだが、それを不服として、ハロルドの弟トスティやノルマンディ公ギヨーム2世が異議を申し立て、三つ巴の状態になっているのだ。

 トスティは春のうちにイングランド沿岸地域を荒らしまわしたものの、駆逐されてスコットランドに落ち延びている。ギヨーム2世は以前難船したハロルドの命を救った際に王位継承権を譲る約束をされたとして、その約束の反故をひどく責めている。

 ノルマンディ公国といえば、アルやレディの出身地であるディエップや、パッキォと出会ったオンフルール、現在の逗留地であるアヴランシュなどが含まれる。もしノルマンディ公国がイングランド王国に戦争をふっかけて、その戦火が飛び火すれば、自分たちの慣れ親しんだ港町が再び焼け落ちてしまうかもしれない。その恐れから、ゴブリン退治の余韻に浸る暇もなく、五人はハンナ号の待つ聖ミカエル修道院へと踵を返すのである。

 

 

~化け物烏賊アッカー(同年晩夏)~

 

場所:シェルブール、ラマンシュ海峡

登場:アッカー

 

 『忘れじ』一家や『月夜の蜘蛛団』などに繋がる手掛かりを一向に得ることができないまま、1066年8月には、ノルマンディ公ギヨームがイングランド侵攻を決定した、しかしラマンシュ海峡がひどく荒れていて足止めされている、という情報が街で囁かれるようになる。

 アルたちは何の気なしに訪ねた占い師から思いがけない情報を得る。海を荒らしているのは、アッカーという名の化け物イカだというのだ。それを聞いたミランダの顔色が変わる。問い詰めると、そのイカはかつて自分の乗っていた船を沈めた海の魔物だ、と言うのだ。

 どうしてもアッカーを退治しなくては気が済まないと声を荒立てるミランダに押され、クイーン=ハンナ号はシェルブールの港からラマンシュ海峡へと航海に出る。修道院を助けてくれたお礼に、とナズナも同行することになった。

 海は、大時化である。「嵐の中心へ」海賊たちはミランダの言葉だけを頼りに船を進めていたが、あまたの大波を生き延びてきたハンナ号も、この時ばかりは息もつかせぬ大嵐に木の葉のようにもまれて、今にも沈没してしまいそうだった。

 そんな中、ついに大王烏賊アッカーが姿を現す。

 手ごわい敵。しかし、ようやく、海の魔物に引導を渡す。アッカーは「裏切り者め」と断末魔を上げ、最後の巨大嵐を巻き起こした。

 

 

~レディナの失踪とミランダの過去(同)~

 

場所:名もなき対岸

 

 海賊たちが目を覚ますと、どこかの海岸に流れ着いていた。クイーン=ハンナ号は、奇跡的に魔の嵐を乗り切ったのである。

 しかし、アルはとんでもないことに気付く。「レディは?」幼い頃から片時も傍を離れたことのない少女が、その船のどこにも乗っていないのである。嵐の時に甲板から落ちたか、アッカーとの戦いの時に海に呑まれたか、と男たちは慌てふためく。

 そんな中、ミランダが、わっ、と泣き崩れる。戸惑う海賊たち。「ごめんなさい」泣きわめくミランダをパッキォが宥めすかす。全ては、レディの誘拐のために、ミランダが仕組んだことだったのだ。

 ミランダは、数年前『忘れじ』一家に囚われた北国の女だった。命が惜しければ『忘れじ』のために働け、と脅された。『忘れじ』の頭領の妻ルースは、どういうわけかクイーン=ハンナ号に乗っているレディナという少女を強く手に入れたがっていた。そこで、ミランダをハンナ号の一人息子パッキォに近付けさせた。パッキォは計画通りにミランダを妻に迎え入れ、ミランダはハンナ号に乗り込むことに成功したのだ。

 しかしミランダはハンナ号で過ごしているうちに、パッキォやレディ、また他の乗組員たちに強い愛情を抱くようになっていた。なんとしても『忘れじ』の計画を阻止してレディたちを守らなければと思うようになったのだ。アッカーの情報を耳にしたのはそんなとき。

 アッカーは、かつて自分の乗っていた船を沈めた化け物であった。その飼い主こそが、『忘れじ』のルースだった。

 ルースがどんな計画を立てているのかはわからなかったが、とにかく、手駒を失えば痛手になるだろう、とミランダは無我夢中でアッカーを攻撃した。アッカーが最期に「裏切り者」と言い放ったのは、ミランダに向けてであった。

 しかしアッカーの邪悪な心はただでは滅びなかった。死の間際、レディを触手で攫い、懐へと隠したまま海に沈んでいったのである。